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サハ紀行④〜シャーマンとやかん〜

大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう) を御存じだろうか。

約200年前に彼が船頭として乗った船が難破してアリューシャン列島に漂着。

ソリなどで8ヶ月かかって西へ、現在のレニングラードにたどり着く。

皇帝に謁見叶い鎖国中の日本に帰国した人物。

彼はその道中ヤクーツクを経由している。
それが記録上初めて日本人と接したときだ。

あるシャーマンに会う機会があった。

シャーマンといっても見た目は普通のおばちゃん。
その日は彼女の誕生日ということで
お祝にチャッパの演奏をした。

「これは金属の混合比も含め自分でデザインしたんだ」
という話しでひらめいたのか、

「これは今あなたに必要だから持って帰りなさい。」という。

それは200年前に造られたオール銅製のやかん(?!)。

そして「やかんの造り方は日本人に教わったのだ。」と。
…ということはこのやかん、光太夫と関係が?

僕と腕を組んでいるのがシャーマン。

銅製のメダルとかだったら素直に喜んだだろう。

でもやかん…しかもデカイし重い。

行きの飛行機でも超過料金を取られたことが頭をよぎる。

「う〜む、形に囚われてはいかん。
やかんが必要という意味ではないはず。。。」

というワケでちょっとひきつった笑顔で受け取る。

いつ誰がどんな意味で言い始めたのか知らないが、
ヤクート人は日本のことを
「母方の兄弟の国」と呼ぶ。

「ヤクート史上和太鼓奏者が指導したのは初めて。」
なんて言われたりもして、自分とヤクーツクとの関係が
前世あったのかな…な〜んて思ったりした。

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